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敵味方の別なく…

先日、新聞を読んでおりますと、赤十字運動の基本原則に目が留まりました。そこには「人間の生命は尊重されなければならないし、苦しんでいる者は、敵味方の別なく救われなければならない」と掲げられていました。国境や立場を超えて、目の前の命をただ救う。尊い精神に深く胸を打たれると同時に、私は思わず、私たちが日々聞かせていただく「阿弥陀如来さまのお慈悲」を仰がずにはいられませんでした。私たちはどうしても、自分中心の物差しで世界を分けて生きています。自分にとって都合の良い人は味方、都合の悪い人は敵。好きな人、嫌いな人。私を褒めてくれる人、批判する人。そうやって知らず知らずのうちに境界線を引き、心の中で誰かを排除したり、優劣をつけたりしてしまいます。それが人間の悲しい性であり、迷いの姿ではないでしょうか。しかし、阿弥陀さまの眼差しは全く異なります。「すべての人を漏らさず救う」これが、阿弥陀さまの願いです。そこには「敵」も「味方」もありません。善人も悪人も、賢い人も愚かな人も、一切の区別がありません。なぜなら、阿弥陀さまからご覧になれば、私たち一人ひとりが、自分の都合に振り回され、迷い、苦しみから抜け出せないでいる「愛おしい我が子」に他ならないからです。赤十字の原則は、戦場や災害地という極限の状況において「敵味方の別なく救う」という人間の崇高な目標を示しています。一方で阿弥陀さまは、その目標を到底成し遂げられない、好き嫌いの心から離れられないこの私を、すでに「敵味方の別なく」そのまま包み込んでくださっています。「あなたを絶対に見捨てない。そのままのあなたを救う」この大いなるお慈悲が「南無阿弥陀仏」のお念仏となって、今、私の口元へと届いてくださっています。私たちが日常の中で誰かを敵や味方に分けて苦しむときこそ、「どちらも我が子だよ」と等しく哀れみ、抱きとめてくださる阿弥陀さまがご一緒です。そのお慈悲を我が身に喜びながら、お互いに温かい眼差しを分かち合える日々を歩ませていただきましょう。