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桜…

お寺の境内の桜は植えられて70年以上経つそうです。7年前の台風で枝が折れ、一部の枝が枯れ、花も寂しくなってきました。しかし健気に咲いてくれています。

 ひとときをパッと咲いて散る、その潔さが桜の魅力かもしれません。

 一雨ごとにつぼみが紅くなり始め、ひとつふたつと花が開き始めると、気が付けばすぐに満開になります。一瞬のことのように見えるその花も、実は準備の長い時間を待っているのです。

 あるお寺の境内に日本の枝垂れ桜があるのですが「え、こっちも桜やったん」と誰かが言ったほど一本は長いこと花を付けなかった。その樹に花が少しずつつくようになってきて、去年今年と今までになくとても華やかだそうです。そのお寺では都会生まれの住職に代わって、村のある人があれこれと寺のまわりの花や樹のお世話をしてくださっています。このごろやっと、養分が樹に十分いきわたっていったみたいで、木の根のそばに肥料を与えても花は咲かないそうです。地上の樹のすぐ近くではなく、遠く根の端の方の地面に肥料をまく、何年もかかりそれがいつしか吸収されて美しい花を咲かせるそうです。 

 桜には昔から何代も続いた「花守り」がいるそうです。やはり、守り育てる人がいてこそ、あの素晴らしい花がパッと咲くのかもしれません。誰かが願いをこめ、思いをかけ、慈しんで咲く、雨が降り、陽が照り、そして風が吹いてこそでしょう。

 私はこの華麗な花を愛で、そして散るときまでも天上に向かってハラハラと舞いながら散っていく風情を、ただただありがたく楽しませて頂いています。

 この九条武子女史の歌は「儚い花であっても、散るその時まで全力で咲き誇る姿勢を讃え、悔いのない人生を送ることの大切さ」を説く名歌です。 

「出遇いのよろこび」-言葉のプレゼントー北原 光編より引用